2008年02月19日

朝鮮通信使接待用食器

朝鮮通信使接待用食器

200年ほど前の1810年に初代伊兵衛が江戸幕府に
朝鮮通信使接待用として使われる食器類の生産を命ぜられた。

それまでに腕を認めてもらうには最低でも何十年とかかるであろうから
明山窯の歴史はもっと古くなる。

僕が伝え聞いている範囲では、
当時、茶壷などを作り営んでいたという。
(もっと詳しくいつから焼いているのかが知りたいところだが
寺の火災により多くの古文書が焼失した)

接待用の食器は全部で16種類で350人分の器を作っている。
代官所に提出された文書によると
「見本の形や模様、色合いなど細かな事を承知しましたので、
生地や釉薬など十分に念を入れ、御用のさしさわりのない様に勤めます。
万一、見本と異なっている場合、どのようなおとがめもお聞きいたします。」

国の大切な客人に対して、石野伊兵衛は真心を込め命がけの仕事をした。


真心を込めたものづくり・・・
時代が変ったとしてもこの想いは変ってはならない。


meizan0915 at 17:46 │Comments(0)TrackBack(0)clip!

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